
2026.07 らいふNo.110
心臓血管外科 阿部 慎司
「突然死」―その言葉を聞くと、多くの人が心筋梗塞や脳卒中によるものを思い浮かべるかもしれません。しかし、もうひとつ恐ろしい病気があることをご存じでしょうか?それが「大動脈疾患」です。
大動脈疾患には、大動脈瘤と急性大動脈解離という二つの代表的な病気があります。大動脈瘤は、胸部や腹部の大動脈がコブのように膨らんでしまう状態。一方、大動脈解離は正常では3層構造の血管壁のうち2層目と3層目の間に亀裂が入る状態のことを言います。大動脈瘤は自覚症状がほとんどないまま瘤径拡大が進むもの、一方で急性大動脈解離はある日突然発症する病態です。いずれの疾患も大動脈破裂による突然死の要因となることがあります。大動脈疾患が「サイレントキラー」と呼ばれる所以です。
最大のリスク要因は高血圧です。高い血圧が持続すると血管に負担がかかります。したがって、塩分を控えた食事や適度な運動を習慣化し、血圧を管理することが重要です。また、喫煙や過度な飲酒も控えるべきです。特に喫煙は大動脈瘤や大動脈解離の重要な危険因子と言われています。たばこに含まれるニコチンやタールなどの有害物質は血管の内側を傷つけ、動脈硬化や慢性炎症を引き起こします。その結果、血管の壁が弱くなり、動脈硬化が進行して大動脈瘤の形成や拡大につながることが指摘されています。また、血圧や心拍数を上昇させる作用も有すため、大動脈への負担をさらに増加させると言われています。近年は電子タバコを使用する方も増えていますが、電子タバコにもニコチン含有が指摘されており、安全であるとは言えません。大動脈や血管の健康を守るためには、紙巻きたばこ・電子タバコを問わず禁煙することが重要です。大動脈解離については発症が予測できない病態であるため、日頃からの血圧管理の重要性を強調したいと思います。
大動脈瘤については破裂するサイズに達するまでに数年の時間的猶予がある病態です。既に降圧薬を内服されている方や家族に大動脈疾患の既往がある方は、定期的な健康診断や画像検査(CTやエコー)を受けることで、早期発見が可能になります。
従来から行われている治療法として、「開胸手術」や「開腹手術」があります。これは病変部分を人工血管に置き換える手術です。1950年代、アメリカ軍において、銃弾に倒れる軍人を見た軍医により、損傷した血管を代替できるものを、という考えからパラシュートを素材に人工血管が作成され、これが臨床応用されるようになってからこの術式は大きく普及し、今日まで長年の治療実績が蓄積されてきました。一方で近年注目されているのがステントグラフト内挿術です。これは、カテーテル(細い管)を使って血管の中からステントグラフト(特殊な人工血管)を挿入し、大動脈を内側から補強する治療法です。大きく皮膚を切開する必要がなく、体への手術の負担が少ないため、高齢者や持病を持つ方でも受けやすい治療法です。ただし解剖学的条件によっては適応にならない場合もあります。
大動脈疾患は自覚症状がなく進行し、突然命を奪う可能性のある病気です。しかし、生活習慣の改善や定期健診によって予防・早期発見が可能です。私たちの命を支える大動脈。体表からは見えない部分だからこそ、しっかりと血管を守る意識を持つことがなにより大切です。