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王子総合病院

わかりやすい医学教室

歩き方いろいろ ~脳神経内科医の立場から~

2019.01 らいふNo80 
脳神経内科 上杉 春雄

 歩くことは、我々動物にとってもっとも基本的かつ重要な能力の一つです。それだけでなく、歩くことで体調の維持や、脳の活性化からのボケ防止など、いいことがいっぱいあります。歩行障害による、生活上の制限や困難は計り知れません。
今回は、歩行障害の原因となるようないくつかの病気を見ていきたいと思います。

1.脳血管障害

「ある日突然」「前の日まで大丈夫だったのに、翌朝目が覚めたら」など、急に出現する歩行障害は要注意で、急いで医療機関を受診する必要があります。急な症状は、血管が詰まったか、破れたか、いずれにしてもまず血管・血流の異常を考えます。その時「左右どちらか片側の手足」の力が入らない場合を片麻痺と言い、脳梗塞・脳出血など脳の血管障害の可能性が高いと考えます。「両足」の力が入らない場合を対麻痺と言い、比較的珍しいことですが脊髄での血管障害の可能性があります。片足だけの麻痺が急に起きることもあり、その場合は脳や脊髄の血管障害の可能性とともに、足に血液を送る血管が詰まるなどの可能性も考えなくてはいけません。

2.炎症性疾患

数日から1-2週間くらいかけて進んで来るようなものは、炎症性の病気を考えます。炎症は本来体に入ってきた病原体を攻撃する免疫反応の結果起きるものですが、中には自分の神経を攻撃してしまう自己免疫性の病気で起こることもあります。神経系炎症性疾患の多くは脳神経内科の病気に属しており、脳・脊髄といった中枢神経の病気としては多発性硬化症、視神経脊髄炎などさまざまなものがあります。力が入らないだけでなく、ふらつく、口がもつれる、しびれるなどで始まることも少なくありません。
末梢神経障害であればギラン・バレー症候群という病気が有名です。風邪にかかったりした後、1-2週間後から力が入らなくなるというのが典型的な経過です。ひどい場合は呼吸もできなくなりますが、数か月人工呼吸器がつくような重症例でも、適切な対応を取っていれば歩いて自宅に戻れるチャンスがある病気ですので、早めに診断・治療をうけるべきです。

3.悪性疾患/代謝性疾患

数か月の単位で出てくるものであれば、やはり脳や脊髄の癌を疑わないといけません。そのほか、栄養障害や薬の副作用など、代謝性の異常もこのくらいの経過で症状が進んでくるものがあります。

4.変性疾患

数か月から年単位となりますと、変性疾患という神経が少しずつ死んでいくような病気を考えます。多くは難病であり、やはり脳神経内科で診る疾患です。
特に患者さんが多いパーキンソン病では、少し背中が丸くなって前かがみとなり、無表情でよちよち歩きになります。体を円滑に動かすシステムの異常と考えられており、他に何もしないのに手が震えている、動こうとしてもなかなかすぐに体がうごかない、声が小さくなるなどの症状と合わせてパーキンソン症状と言います。
パーキンソン症状は多発脳梗塞など他のいろいろな病気でも見られますが、パーキンソン病だけが症状を改善させる薬があります。ですから、パーキンソン症状かなと思ったら、脳神経内科専門医を受診し、パーキンソン病かどうか適切な診断を受けて治療されることを強くお勧めいたします。当院では丁寧な診察と最先端の検査を併せて診断を行っております。
そのほか、ふらつきで歩けなくなってしまう脊髄小脳変性症も、脳神経内科で診る神経変性疾患です。このグループには家族発症するものが少なくありませんので、親戚に歩行障害の方がいらっしゃるような場合、気になることがあれば一度ご相談ください。

5.脊椎疾患

腰のヘルニアや腰部脊柱管狭窄なども歩行障害の原因となります。多くはしびれや痛みなどの感覚障害を伴いますが、中には筋力低下ばかりが目立つ場合もあります。手にも異常があれば、頸椎やその中を通る頸髄の異常も考えます。これらの症状上のポイントは、「動けば動くほど悪くなる」ということでしょう。そういう変動が続く歩行障害は、脳梗塞や変性疾患などではあまり見ません。手術が必要であれば整形外科や脳神経外科で対応されることになると思います。

6.筋疾患

当然ですが、筋肉の病気も歩行障害の原因となります。しびれもなく、首回りや肩・太ももといった手足の根元の力が入りにくいなどという場合、筋肉の病気を考えます。
数日~数週間で進んでくる場合は筋炎が考えられますが、多くは治療可能ですし、中には癌の合併症として出てきているものもありますので、直ちに全身チェックも含めた診察・検査が必要です。
年単位で進むものとしては、筋ジストロフィがあります。残念ながら現在は対症療法しかありませんが、やはりお付き合いの長くなる病気ですので、諸事よく専門医と相談していかれることをお勧めします。
脳神経内科で診る歩行障害の原因疾患は、まだまだ他にもありますし、神経疾患以外にも、例えば耳の問題で平衡障害が起きたときのめまいも、それから心不全や呼吸不全で体に必要な酸素が回らない時も、また、関節が痛くて力が入らないなどという場合も、結果的に歩けない という症状につながります。
我々は、「歩けない」という訴えに対して、さまざまな原因を区別し、検査で裏付けをして改善への道筋を立てる努力をしております。そしてみなさまが健康な歩行を維持され、健康な生活を続けられますよう、応援してまいりたいと思います。


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