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王子総合病院

わかりやすい医学教室

「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」について

2023.07 ライフNo98
乳腺外科 角谷昌俊

遺伝性乳がん卵巣がん症候群とは

乳がんは女性のかかるがんの中で最も多く,年々増加しています.現在では年間9万人以上の女性が新たに乳がんと診断されています.そのうち,5~10%は遺伝的な要因が強く関係して発症していると考えられており,その中で最も多くを占めるのが,遺伝性乳がん卵巣がん症候群(以下HBOC)です.HBOCに関係する遺伝子として,BRCA1とBRCA2という遺伝子が同定されています.これらの遺伝子は誰もが持っていて,細胞の中にある遺伝子が傷ついたときに正常に修復する働きがあります.この遺伝子のどちらかに生まれつきの変異がある場合にHBOCと診断され,遺伝子本来の機能が失われることで乳がんや卵巣がんなどにかかりやすくなることが分かっています. BRCA1/2遺伝子の変異は,親から子へ性別に関係なく50%の確率で受け継がれます.

HBOCの特徴

HBOCの方は,乳がんや卵巣がんにかかるリスクが,加齢とともに高まります.一般に女性が乳がんを発症する確率は生涯で9%と言われていますが,BRCA1に変異があると72%,BRCA2では69%の女性が80歳までに乳がんを発症すると推定されています.卵巣がんに関しては,一般に70歳までに発症する確率が1%なのに対し,BRCA1に変異があると44%,BRCA2に変異があると17%の女性が80歳までに卵巣がんを発症するとされています(図1).また,膵臓がんの発症リスクも一般の方と比べて上昇し,男性でも乳がんや前立腺がん発症のリスクが高くなります.HBOCの診断は血液検査で行いますが,表1に示す項目が一つでも当てはまれば,BRCA1/2遺伝子検査を保険診療で受けることができます.


図1(日本 HBOC コンソーシアム「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために」より)

(表1)

 

HBOCと分かった場合の対策

乳がんを発症している側の手術については,乳房を残す温存手術よりも全切除が望ましいです.乳がんを発症していない反対側の乳房については,がんになる前に予防的に切除するリスク低減乳房切除術(CRRM)が,条件を満たした施設で保険診療として受けられます.CRRMを希望されない場合は,25歳から年1回の乳房造影MRI検査,30歳からはこれにマンモグラフィ検査を加えたサーベイランス(一般の方よりもがんを発症しやすい方を対象として,そのがんを早期発見できるように画像検査を中心とした精度の高い定期的な検診)が勧められています.サーベイランスも条件を満たした施設で保険診療として受けることができます.卵巣がんについては,リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)によって,卵巣がん,卵管がんによる死亡リスクが減少することが明らかになっています.35歳以上で妊娠,出産の希望がなければ,RRSOを受けることが強く勧められています.CRRMと同様に条件を満たした施設で保険診療として受けることができます.RRSOを希望されない場合は,6ヵ月毎の経腟超音波検査と腫瘍マーカーであるCA125を測定するという選択肢がありますが,有効性は証明されていません.

課題

BRCA1/2遺伝子検査で変異がないことが分かれば,HBOCの可能性は考えにくくなりますが,HBOC以外の遺伝性の乳がん卵巣がんの可能性を完全に否定できるわけではありません.また,国内では表1以外の方や乳がん・卵巣がんを発症していない方に対するBRCA1/2遺伝子検査と変異があった場合のリスク低減手術,サーベイランスが保険診療ではなく全額自己負担となっており(2023年6月現在),遺伝医療体制の整備が望まれます.

最後に

HBOCを的確に診断することは,当事者である患者さんにより適切な治療や個別のサーベイランスを提供できるだけでなく,同じ変異を持っている可能性がある血縁者の方にも正確な医療情報を伝えることができます.BRCA1/2遺伝子検査は当院で行えますが,HBOCと分かった場合は,BRCA1/2遺伝子検査に関する医療連携を結んでいる北海道大学病院で遺伝カウンセリング,リスク低減手術,サーベイランスを受けることが可能です.分からない点があれば,些細なことでも構いませんので,ご相談ください.


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