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王子総合病院

わかりやすい医学教室

術後悪心・嘔吐(PONV)について

2024.01 らいふNo100
麻酔科 伊野亜佑美

はじめに

術後悪心・嘔吐(以下PONV)とは、手術後、麻酔から覚めたあとにむかつきや吐き気・嘔吐が起こることをいいます。PONVは術後に発生するもっとも一般的な麻酔関連の合併症であり、約30%の頻度で発生するといわれています。さらに高リスクの患者さんにおいては、その発生頻度は80%にもおよびます。おおむね、術後1日程度でおさまりますが、2、3日続くことや、手術当日は大丈夫でも翌日に発生する場合もあります。
患者さんにとっては術後痛よりもPONVのほうが辛かったという声もあるほどです。

PONVが起こる仕組み

PONVはさまざまな中枢および末梢のメカニズムによって引き起こされる可能性があるといわれています。

中枢からの刺激としては、恐怖、痛み、不安および内耳にある前庭系の刺激が関連するとされています。末梢からの刺激としては、胃への外科的刺激や、血液または毒素による刺激があります。これらの刺激が、脳にある孤束核・迷走神経背側運動核・化学受容体トリガーゾーンを介して、背側迷走神経複合体と中枢パターン発生器に到達し、嘔吐が誘発されると考えられています。
麻酔薬がPONVを引き起こすメカニズムは非常に複雑で完全に解明されてはいませんが、嘔吐中枢を刺激し、嘔吐中枢はドパミンやセロトニンを介して中枢パターン発生器と交通して嘔吐反射を引き起こすと考えられています。

PONV発生の高リスク患者像と高リスク手術

PONVについてはこれまでに様々な研究が行われてきており、術後の吐き気を起こしやすい患者さんや手術の種類がわかっています。
一般的に成人では、女性・50歳以下・非喫煙者・乗り物酔いしやすい・過去に術後の吐き気を起こしたことがある人が、小児では、3歳以上・思春期(8〜18歳くらい)の女性・乗り物酔いしやすい・過去に術後の吐き気を起こしたことがある・術後の吐き気を起こした家族がいる人が、PONVを起こしやすいと考えられています。また、当てはまる項目が多いほどPONVの発生率が上がるともいわれています。
手術の種類としては、胆嚢摘出手術、婦人科手術、腹腔鏡下手術がPONVを起こしやすく、耳の手術や脳神経外科手術、消化管手術もリスクとして知られています。小児では、斜視手術や扁桃摘出術がリスクといわれています。

PONVの予防と治療

吐き気や嘔吐はそれだけでも辛い経験ですが、吐き気がおさまるまでは食べられないことも多く、そのため、食事の再開が遅れてしまう場合があります。さらにベッドから起き上がることや、自分でトイレに行くなどの日常的な生活への復帰が遅れたり、リハビリテーションが必要なかたでは訓練の開始が遅れるなど、場合によっては入院期間が長引いてしまうことがあります。
したがってPONVを予防することの重要性は高く、麻酔方法の変更や事前に吐き気止めの薬(制吐薬)を投与するなどの方法でPONV発生率を低くすることができます。
それでもPONVは100%予防できるものではありません。術後、吐き気が起きた場合はすぐに制吐薬を投与することで治療できます。
制吐薬には様々な種類があります。なかでも、セロトニン5-HT3受容体拮抗薬は欧米ではPONV対策の標準的な薬剤とされてきましたが、これまでの日本では、抗悪性腫瘍薬や放射線治療によって誘発される悪心・嘔吐に対してのみ使用されてきました。しかし昨年、日本でもセロトニン5-HT3受容体拮抗薬をPONVに対して使用できるようになりました。今後のPONV対策において重要な役割を果たす薬剤となることが期待されています。

さいごに

手術や麻酔を受ける可能性はどなたにでもあります。過去にご自身やご家族が術後の吐き気を経験されたなど、ご心配・ご不安な場合には、手術の前に主治医の先生や、麻酔科の先生にご相談してみてください。また、麻酔から覚めたあとに気持ちが悪い、吐きそうだというときには、我慢せず、すぐに医師、看護師などの医療従事者に伝えましょう。

 


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