2024.04 らいふNo101
歯科・歯科口腔外科主任科長 島西真琴
がん治療中の患者さんの口腔内は様々な変化を引き起こします。本稿を読まれている方の中にも、がん治療中の方はいらっしゃると思います。特に、化学療法や放射線療法、さらには第4のがん治療法と言われる免疫療法においても、治療の進行に伴い少なからず口腔トラブルを招くことが知られています。今回お話しするのは、がん治療中に遭遇しやすい主な口腔トラブルを分かりやすくご説明し、その症状緩和の手助けとなる予防法についてもお話しいたします。
がん患者さんは治療法によって口腔内に変化を受けることが知られています。そのなかでも、口腔内に大きな影響を与える治療法が化学療法です。放射線療法や免疫療法においても口腔内に影響を与えることはありますが、影響力の大きさという点でいえば化学療法が大きいと言えます。
普段から口腔内の粘膜は細菌が体内に侵入し感染を防ぐため、細胞分裂と増殖を活発に繰り返していることが知られています。そして、化学療法に用いられる薬剤は、がん細胞だけでなく、健常な細胞にも影響を及ぼすことが少なくありません。このようなことから口腔粘膜は、健康な時には問題にならないような口の中の傷や炎症が起きるだけで薬剤の影響を受けた細胞が口腔粘膜炎を発症したり、強い疼痛が遷延したり、唾液分泌量を低下させたり、摂食障害を引き起こしたりするのです。
ひとたびこのような症状が引き起こされると、健康な時にはできていた口腔内のセルフケアが十分にできなくなり、“生活の質” = “quality of life : QOL”の低下につながります。こうした口腔トラブルは、がん化学療法中の患者さんのおよそ40~70%に発症する比較的頻度が高い副作用であると言われています。もちろん、すべての化学療法で発症するわけでなく、薬剤の種類や個人差もあります。一般的には治療開始7日程度で発症し、回復には2~3週間を要すると言われています。
このような口腔トラブルを完全に防ぐ方法はありません。しかし、治療が始まる前に口腔内環境を整えることや、トラブルが起きた際に早めに対応することで、症状を緩和させることが知られています。したがって、がん治療前に歯科医師や歯科衛生士が口腔内をチェックすることで、それらの対応が適切に行われるのです。
抗がん剤や放射線照射により細胞分裂と増殖の速い口腔粘膜もがん細胞と同様に損傷を受け、粘膜にダメージが出ます。特に頬の粘膜、舌の側縁や下の粘膜に出やすいです。日頃から口腔ケアをしっかり行い不潔な環境を残さないこと、うがい薬や口腔保湿剤を使用すること、発症した場合は痛みや出血も伴うためステロイド軟膏や粘膜保護剤などを使用します。
がん治療中は免疫機能が低下する場合が多く、カンジダ症は主に日和見感染、菌交代現象、口腔の不衛生の3つが原因になります。口腔粘膜に白い苔のようなものが散在して出現し、時には痛みが出ることから食事もとれなくなることがあります。口腔カンジダ症は抗真菌薬のうがい薬や内服薬で治療します。
がん治療中の口腔乾燥は、抗がん剤が直接唾液腺を障害するものと頭頸部領域への放射線照射によるものがあります。どちらも唾液分泌量が減少するため、うがい薬や口腔保湿剤を使用しますが、不可逆的な障害を受けてしまうことが多く、回復には時間がかかります。
抗がん剤による口腔粘膜炎が起きると味覚を感じる細胞、味蕾(みらい)が障害を受けることがあります。味覚異常になると食思不振につながり、がん治療にも影響します。まずは原因となる口腔粘膜炎の対応から始めるようにします。
がん治療に伴う唾液分泌量の減少は唾液の自浄作用の低下を引き起こします。このため口腔内の環境は悪化し、食物残渣や細菌の増殖が抑制できず、口臭の原因を招きます。がん治療前から専門的口腔清掃の方法を行えるようにしておきます。
以上のように口腔トラブルは多岐に渡ることが分かります。完全に予防することはなかなか難しく、患者さんの中には治療の度に口腔トラブルを発症するため、かなり辛い思いをしている方もいます。我々も患者さんに寄り添い、症状を和らげる処置や治療、そしてセルフケア方法を説明しています。
これから、がん治療が始まる方、既にがん治療中ではあるが、これまで一度も歯科を受診したことがない方は口腔内のチェックを受けてみてください。