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王子総合病院

わかりやすい医学教室

ここまで進んだ心臓外科手術

心臓は長い間「神聖にして手を入れてはならない」臓器だと言われてきました。しかし、20世紀後半から人工心肺、人工弁、人工血管などが発明されたおかげで次々と新しい手術方法が考案され、今では安全に心臓手術を施行できるようになりました。ある高名な外科医は「胸壁と心臓との距離はわずかに数センチだが、外科医が心臓に到達するのに二千年もかかった」と言ったそうです。今回は代表的な心臓外科手術について御紹介します。

 

2002.10 ライフNo15 
心臓血管外科 村上 達哉

冠動脈バイパス術(CABG)

心臓を養う冠動脈(冠状動脈)に狭いところ(狭窄)や閉塞が生ずると狭心症や心筋梗塞になります。冠動脈造影により狭窄や閉塞の具合を調べ、強い狭窄が1~2か所であれば冠動脈形成術(PTCA;風船療法)やステント(金属の筒による補強)などのカテーテル治療が可能です。しかし、狭窄や閉塞が何箇所にも及ぶ場合や薬物療法が無効な場合は、我々外科医の登場です。冠動脈バイパス術は狭いところよりも下流の冠動脈へ新たな血流路を作る手術です。通常人工心肺装置を取り付け心臓を止めて手術を行ないます。冠動脈は直径がせいぜい1.5㎜程度なので特殊な拡大鏡を使い非常に細い糸でバイパス血管と冠動脈を縫い合わせます。バイパス血管として以前は下肢の静脈を用いていました。しかし、静脈は10年後には約半数が詰まってしまいます。研究により静脈の代わりに動脈を使うと長持ちすることがわかり、今は可能な限り動脈を用いています。使用できる動脈には、胸骨の両側を縦に走る内胸動脈、前腕の外側にある橈骨動脈、胃の外側を走る右胃大網動脈などがあります。

人工心肺とは

人工心肺は心臓が止まっている間、心臓と肺の肩代わりをしてくれる機械です。まず、全身から心臓に戻ってくる静脈血を集めて人工心肺に送ります。人工膜で酸素と二酸化炭素の交換を行い、黒い血を赤い血に変えます。上行大動脈に入れた管から人工心肺のポンプの力で血液を体に戻します。上行大動脈をはさんで心臓に血が行かないようにすれば心臓と肺の中がほぼ空になり、心筋保護液という特殊な液で心臓を止めると心臓の中を安全確実に修復できるのです。心臓は4時間くらいまでは安全に止めることができ、修復が終わって心臓にまた血を流し始めると心臓は自然に動き出します。

心拍動下冠動脈バイパス術(オフポンプCABG)

しかし、人工心肺には困った問題もあります。

  1. 人工心肺による循環維持は非生理的であるため、肝臓・腎臓などの臓器の機能低下を引き起こす危険がある。
  2. 心臓が止まる以前の力まで回復しないことがある。
  3. 脳血管が閉塞し脳梗塞を引き起こす危険がある。
  4. 血液が固まらないようにするヘパリンという薬剤を大量に使用するため出血しやすくなる、

などがあげられます。これらの問題を克服するため、人工心肺を用いずに心臓が動いたまま冠動脈バイパスを行う「心拍動下冠動脈バイパス術」が開発されました。細い血管を動いたまま吻合するのは不可能なので、スタビライザー(吻合部固定器具)という吻合部だけを静止する装置を用います。お年寄りや合併症のため人工心肺を用いることが困難な患者さんにはうってつけの手術です。

弁置換術・弁形成術

心臓の中には逆流防止弁が4つあります。加齢による変性やリウマチ熱などにより弁が侵されると弁が硬くなって狭窄したり、弁のしまりが悪くなり逆流を起こしてきます。その程度が強くなると心臓に負担がかかり、疲れやすくなったり息切れがしたりします。傷みが強ければ人工弁に交換します(人工弁置換術)。人工弁にはカーボンでできた機械弁とウシ心膜でできた生体弁とがあります。前者は耐久性に優れていますが、弁に血栓がつかないようにワーファリンという薬を一生飲まなければなりません。一方、後者は耐久性が若干劣るもののワーファリンを飲む必要がありませんので高齢者に向いています。また、僧帽弁の逆流では弁を切ったり縫ったりする僧帽弁形成術が行なえることがあり、自己弁を温存できる利点があります。

不整脈に対する手術

心房細動は心房が収縮せずブルブル震えた状態で脈がバラバラになる不整脈です。心房内に血液が停滞するため血栓を作りやすく、脳梗塞や急性動脈閉塞の原因にもなります。弁疾患が原因のこともあれば、特に原因がない場合もあります。内科的治療が難しい時、条件が良ければ手術でなおすことが可能です。メイズ手術と呼ばれ、心房を切り刻んで縫い直し、心臓内に電気の新しい通り道を作ることで脈を正常に戻します。メイズとは迷路のことです。弁の手術と同時に行なうことも可能です。

先天性心疾患

生まれつきの心臓の病気には心臓に穴が開いていたり心臓と血管のつながりが悪かったりと多種多様です。手術や術後管理も大人のそれと大きく異なりますので、専門のチームがいる病院を御紹介します。

胸部大動脈瘤

動脈瘤とは動脈の壁が脆くなり風船のように膨らんでしまう病気で、主に動脈硬化が原因です。大きくなると破裂する危険があるのですが、破裂まで目立った症状が出ないので発見が遅れがちです。手術は動脈瘤を開いて人工血管で置換します。心臓から近い位置に大動脈瘤があるときは人工心肺を使い心臓を止めて手術します。脳に行く血管に血液を流したり、時には全身を20℃前後まで冷やして循環を止めることもあり、大がかりな手術になります。

おわりに

当科は東胆振・日高地区唯一の心臓血管外科で、平成9年病院新築移転の際に新設されました。札幌に行かなくても苫小牧で手術が受けられるようになりました。本年4月から若手の牧野医師が加わり3人体制となり、診療内容も一層充実しました。心臓・大血管の手術は年間約百例であり、ここ2年間で飛躍的に増加しました。村上(筆者)はアメリカ(ポートランドセントビンセント病院、メイヨークリニック)で、須藤医師はフランス(アンリモンドール病院)でそれぞれ多数の心臓手術を経験してきており、手術件数・成績ともに札幌の病院に決して引けを取りません。「地元で高度医療を」を目標に、当院及び苫小牧市立総合病院の循環器内科の先生方と協力しあい日夜努力しています。外来では末梢血管、静脈瘤(金曜午後)の診療も行なっております。どうぞお気軽に当科を受診してください。


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