文字サイズ
背景色
  • お知らせ
  • フロアマップ
  • アクセス
  • お問い合わせ

王子総合病院

わかりやすい医学教室

緩和ケアとオピオイド

オピオイドとは、なんでしょうか?ちょっと聞きなれない言葉ですね。私たち医療者でもあまり使わない言葉です。この言葉は、化学やくすりの分野で使われる言葉です。いわゆる「つよい痛み止め」にあたります。別の言葉で言えば「医療用麻薬」です。「麻薬」というとイメージするのが、「アヘンやコカイン、覚せい剤の親戚か何かだろうか。」ということです。あまりよいイメージはありませんね。実は「オピオイド」と「緩和ケア」とは深い関係があります。
わが国の緩和医療は、ホスピスの発達とともに普及し発展してきました。そのため『緩和医療=死ぬことを意味する』というイメージはまだまだ根強く、緩和医療への医師からの紹介のバリアを高くし、また、患者やその家族の心理的バリアになっています。実は一九八九年に開催された「がん疼痛治療と積極的支援ケアに関するWHO専門委員会」の報告書では、『早い病期のがん患者にも緩和ケアを適用すべきである』と指摘されました。これは、ある特定の時期に「治療」から「緩和ケア」に移行するのではなく、がんと診断された当初から治療と並行して緩和ケアを行い、末期になるに従い治療よりも緩和ケアの比重を高くするべきという考え方です。もちろん、終末期や臨死期のケアは緩和医療の重要な一部分でありますが、緩和医療の目指すものは本来あくまで患者の「生きがい」の向上であり、そのためには治療と一体となった緩和ケアの実施が必要となります。つまり、「緩和ケア」は「病気の時期」や「治療の場所」を問わずに提供され、「苦痛(つらさ)」に焦点があてられる医療ということになります。患者や家族によって異なる「何を大切にしたいか」を中心にケアを進めていきます。さらに介護保険ががん患者にも適用されるようになって、病院やホスピスといった施設の中から在宅緩和医療へと移行できるシステムができつつあります。今後いつでも、どこでも、切れ目のない質の高い「緩和ケア」を受けられるようにする必要があります。

そのようななか二〇〇六年六月十六日のがん対策基本法の成立に伴い、「がん患者の療養生活の質の維持向上」が基本的施策の一つにあげられ、緩和医療の重要性がますます高まってきました。がん診療連携拠点病院の整備が今後数年で急速に行われ、各病院に「緩和ケア」の実施と地域の視点に立ったがん療養体制の整備が義務づけられています。現在緩和ケアチームによるコンサルテーション診療も徐々に浸透しつつあり、緩和医療学会には全国二四一施設が緩和ケア認定研修施設となっています。世界保健機関では、「緩和ケアとは、積極的で全人的なケアであり、痛み、その他の症状のコントロール、心理面、社会面、精神面のケアを最優先課題とする。」と定義されています。そのためには、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、栄養士、ソーシャルワーカーなど多様な背景をもったメンバーが緩和ケアチームには必要となります。このような環境のもと、二〇〇七年この王子総合病院にも緩和ケアチームが誕生しました。誕生したからといって、今までの緩和ケアが「がらりと」変わるわけではありません。今まで個別に行っていた「身体的な痛みのケア」、「精神的な痛みのケア」、「社会的な痛みのケア」、「実存的な痛みのケア」が有機的につながり、最終目標である患者の「生きがい」を総合的に高めるために協力していこうというものです。

ここで冒頭にお話した「緩和ケア」と「オピオイド」の深い関係のお話にもどります。「緩和ケア」の大きな柱「身体的な痛みのケア」に用いられるのが「オピオイド」です。「オピオイド」は「緩和ケア」などで用いる痛み止めの代表格です。この「オピオイド」の消費量は、「緩和ケア」が十分にされているかという国際比較にも用いられています。され、日本の消費量はどれくらいでしょうか?残念ながら、日本は先進国でも有数の非消費国です。日本の「オピオイド」の消費量はとても少ないのです。つまり、痛み止めとして使われる「オピオイド」が少ないということは、まだまだ、痛みの症状緩和が不十分で、多く人々が痛みで苦しんでいるということです。では、なぜでしょうか?「オピオイド」が医療用麻薬、医療用麻薬が麻薬にと連想していき、最終的には麻薬に対する悪いイメージが「オピオイド」の使用を控えさせる原因の一つになっているかもしれません。「麻薬を使うと中毒になるんじゃないですか?」「麻薬を使うと気がおかしくなるのでは?」「麻薬を使うと寿命が短くなるのでは?」「麻薬を使うということは末期なんですね?」などとよく質問されます。しかし、これらはすべて誤解です。中毒になる頻度は0.2%以下ですし、混乱や幻覚を来たすのは5%以下です。麻薬の使用量と予後には関係がないことはすでに証明されています。痛みはがんの経過のいずれの時期にも生じます。がんの早期でも痛みの強さに応じてオピオイドを使用するのは、充実した生活や治療を行う上で大切なことです。このような誤解を一人ひとり解きながら、一人ひとりにあった医療を提供するのが、私たち医療者の使命であるということは言うまでもありません。
「緩和ケア」と「オピオイド」は、決して怖いものではありません。病気になったとき、みなさんの「生きがい」を支える頼もしい仲間なのです。

 

2009.7 ライフNo42 
麻酔科 田中 悟

これからのがん医療の考え方

これまでのがん医療の考え方

痛み、全身倦怠感、呼吸困難、日常生活動作の支援など

痛みの治療は不十分


わかりやすい医学教室