今回は病気の話ではなく、救急救命士の特定行為についてお話したいと思います。
2014.7 らいふNo62
麻酔科 渡辺 政徳
平成3年から救急救命士の制度が運用され始めて20年以上が経過しました。平成16年からは特別な条件に限り、資格を持った救急救命士が医療機関へ搬送する前に医師からの許諾を得た上で医療行為を行えるようになりました。これを「特定行為」と称しますが、この行為は厳格な規範(プロトコル)に則って行われ、事後にその正当性や実施内容・手順に関して検証を行うことになっています。
特定行為の具体的な内容とは、これまでは心肺停止の状態で発見された、あるいは医療機関への搬送中に心肺停止に陥った傷病者に限り、
① 空気の通り道となる気管へ管を挿入することで気道を確保する(気管挿管)
② 点滴を確保して止まった心臓を動かすための強心薬を投与する(薬剤投与)
の2つで、どちらも心肺蘇生における治療行為に限定したものでした。
このたび、平成26年4月からは前述の2行為に加えて、
③ 心肺停止前の重度傷病者に対する静脈路確保及び輸液
④ 血糖値測定並びに低血糖発作症例へのブドウ糖溶液の投与
という2つの行為が新たに特定行為として認められました。
医師が直接傷病者を診察しているわけではないのであくまでも医師の許諾は必要ですが、特に③や④の行為が認められるということは、内容が限定しているとはいえ医師が同乗して現場で医療行為を実施するドクターカーと同じことができるようになり、医療機関に搬送されるまでの間で必要最低限度の治療が可能になることを意味します。
心筋梗塞、呼吸不全、脳卒中、外傷による大量出血等は早急な治療を始めなければ心肺停止に陥る可能性があります。静脈路の確保一つ行うだけで医療機関に到着してからの治療の開始が早まるので、治療成績や蘇生率の向上につながるものと期待されます。
また糖尿病患者の場合、血糖降下薬やインスリンの効果が強くて急激に血糖値が低下する低血糖に陥ることがあります(診断基準は血糖値が50mg/dl未満)。意識障害を呈して自分で糖分を補えなくなると体の機能が低下するので、早急に血糖値を是正することで体の機能を回復させることができます。
搬送に時間を要する急病患者に対して、初期治療がより迅速に行われるようになることは喜ばしいことです。その反面、立って歩けるほどの軽症患者が半ばタクシー代わりに救急車を利用することは、一刻を争う患者の搬送に支障をきたすことになります。また、ここで紹介した特定行為は患者や家族が希望してできるものではなく、あくまでも現場に駆けつけた救急救命士の判断に委ねられており、外来診療時の医師への注文のようなことはできません。限られた患者搬送手段をより有効に運用できるよう、救急車の適正な利用に皆様のご理解とご協力をお願いする次第です。
また、救急救命士が新たに認められた特定行為を実施できるようになるには一定期間の研修が必要になるため今すぐに実施できるものではありません。今後救急現場での医療行為の裁量権を持つようになる彼らの活動にも重ねてご理解とご協力をお願いします。