先日、歌手の宇多田ヒカルさんが卵巣腫瘍で入院されたとのニュースがありました。
それ以降、卵巣腫瘍を心配され産婦人科を受診される若い女性患者さんが増えています。当科では、年間およそ100人近い患者さんが卵巣腫瘍で手術を受けていらっしゃいますが、もっと多く、なおかつ深刻な問題となっているのが性行為感染症です。
2002.7 らいふNo14
産婦人科 角江 昭彦
性行為感染症はかつて、風俗産業従事者および利用者等のごく一部の人たちが、罹患するものであり、我々の日常生活とは縁遠い疾患とのイメージがありました。
また、『そんな病気は、男がかかるもので、女の私には関係が無い!』と思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかし、現在の日本の性行為感染症の男女比は、女性は男性の1・31倍も多いのです。しかもここ数年の間、特に10代から20代の若年女性を中心として増加している傾向にあります。
性行為感染症の中には、クラミジア感染症のように不妊症や子宮外妊娠の原因となるものもあり、アメリカ合衆国では、その関連医療費は年間に約20億ドル(1ドル=約130円として、2600億円!)との試算もあります。
現在、我が国では高齢者の医療費の負担が問題となっていますが、性行為感染症のように、ほんの少しの注意で予防と治療ができる様な病気を減らす事は、医療費の面からも重要な事だとは思いませんか?
そこで現在の性行為感染症の動向をクラミジア感染症を中心にお話させて頂きます。
性器クラミジア感染症は、クラミジア・トラコマーティスという病原体によってひき起こされます。この性器クラミジア感染症は、女性の全性行為感染症の約42%を占め、97年以降急増しています。(次頁図1)
そして、日本人女性の性器クラミジア感染症罹患率はアメリカの白人女性の約1・5倍と言われています。性行為により、まず子宮の入り口である頚管と言われる場所に感染したクラミジアの病原体は、頚管炎という病気を起こします。
一方、その後もクラミジアは子宮の中を通り2日程度で卵管(ラッパ管)へ侵入し、1ヶ月から数カ月をかけて、お腹の中で腹水を作りながら増え続けます。そうして、卵管の周りに炎症や癒着を起こします。
骨盤腹膜炎というとても強い腹痛を起こすこともありますが、無症状の事も多いのです。(女性の8割、男性の5割が無症状と言われています)そうして、自分では無自覚の内に不妊症や子宮外妊娠の原因となる病巣を身体の中に持ってしまう事になります。
そして、クラミジアの病原体自体は、薬で治りますが、一度強い癒着を起こしてしまうと、薬では治療が出来ません。『子宮外妊娠をくり返した挙げ句に両方の卵管を失い、普通の妊娠が出来ずに体外受精に頼らなければならない』という悲劇も実際に身近に起こっているのです。
また、クラミジアよりも強い腹痛の症状を生じやすいのが淋病です。
淋病と聞くと、一昔前の病気というイメージがありますが、そうではありません。もう一度図1を見て下さい。クラミジア同様にこの3年間に増加傾向にあります。
しかも、最近では薬の効きにくい淋病が出て来ているのです。
また、この2つの病気はオーラルセックスでも感染するので注意が必要です。
そして、忘れてはいけない病気がHIV感染症(エイズを起こすウイルス)です。
かつては、同性間での性行為や血液製剤による不幸な感染によるものが多かったのは事実ですが、ここ数年来、異性間感染や若年者の感染が年間700~800人と予想を上回るペースで増え続けています。クラミジアの増加のペースを見ても、これは決して不思議なペースでは無い、と思いませんか?
また、ここでは詳しくは述べませんが、性器ヘルペスや尖圭コンジローマ、梅毒、トリコモナス膣炎、…など性行為で感染する病気はまだまだあります。
これらの病気から身を守るには、やはりコンドームの使用をお勧めします。
先程、無症状の事が多いとお話しましたが、パートナーが性行為感染症と言われた方や、帯下が増えたコンドーム未使用者の方等は一度検査を受ける事をお勧めします。(通常の婦人科の内診と比べて、時間も苦痛も殆ど変わりません。男性は泌尿器科へどうぞ。)
そして、心配な事がありましたら我々に御相談下さい。
本年4月より、当院産婦人科は北海道大学医学部産婦人科より野村医師をお迎えし、医師の人数が3人より4人に増員となりました。増員に伴い外来の体制も若干変わっており、皆様の中には戸惑っていらっしゃる方もあるかと思います。現在の外来体制は図2の通りですので、お知らせさせていただきます。
また、4月より卵巣のう腫や子宮筋腫を中心に腹腔鏡を使った手術を充実させています。入院日数が従来の手術より短くなる事や、美容の面でも大変優れたものであること、手術後1日から数日でシャワーが浴びれるようになるなど、適応によっては患者さんに今まで以上に満足して頂けるものと思っております。