以前は胃潰瘍・十二指腸潰瘍は難治・再発性疾患とされ、長期に内服が必要な病気の代表とされてきました。1982年にオーストラリアのWarren とMarshall が胃の中で生育しているピロリ菌を分離培養することに成功し、強い胃酸の中でも尿素を分解しアルカリ性のアンモニアを発生・中和することで生きていけるメカニズムが明らかになったのです。現在は研究が進み、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の90%以上はこのピロリ菌が原因であることがはっきりしてきました。また、その後の研究で抗生物質を使用したピロリ菌の除菌により、潰瘍の再発率は従来の70%からなんと10%前後に抑制できることがわかってきたのです。いまや胃潰瘍・十二指腸潰瘍は治癒する病気であり、継続的に薬をのまなくてもよい病気となってきたのです。
これらの研究結果をもとに消化器病学会を中心とした強い厚生省への働きかけにより平成12年11月に健康保険がやっと適用になってピロリ菌の検査と除菌療法が一般化しました。ピロリ菌は経口感染により感染するものと考えられており、日本では上下水道の普及していなかった時代に生まれ育った50歳代以上の人の約80%が感染しており、全ての人を除菌することは健康保険財政を圧迫することになり認められません。現在健康保険の適応となるのは胃潰瘍・十二指腸潰瘍でピロリ菌に感染している人に限定されています。今回のテーマから多少はなれますが、参考として日本ヘリコバクター学会が2000年に発表した除菌療法が望まれる疾患として3つの疾患群を挙げておきます。強く勧められる群;胃潰瘍・十二指腸潰瘍、専門施設での除菌を勧める群;低悪性度MALTリンパ腫、除菌の意義が検討中の疾患;胃癌の手術後で胃が残っている人、過形成性ポリープ、慢性萎縮性胃炎、non-ulcer dyspepsia(NUD) の3群です。詳細は消化器科の医師にお聞き下さい。
除菌治療に話を戻しますと、現在健康保険で認められている治療法は、抗生物質を効きやすくするため胃酸を抑えるPPIとよばれるお薬と2種類の抗生物質を一日2回一週間内服してもらいます。この薬の組み合わせで約90%の患者さまでピロリ菌を退治することができます。この治療法の副作用は軟便や下痢(14%程度)、味覚異常(3.5%), 肝機能異常(約5%)等で飲み終われば症状がなくなる場合がほとんどです。ただし、ペニシリンアレルギーのある人は健康保険で認められた薬にはペニシリンを含むので治療はできません。お薬ではありませんが、緑茶に含まれるカテキンやプロピオヨーグルト等も一定の効果があるとされています。
最後にピロリ菌がいるかいないかの検査法ですが、大きくわけて内視鏡を使う方法と使わない方法の2種類あります。内視鏡を使う検査はすぐ結果がでるためよく使われますが、内視鏡がダメな患者さまには目印をつけた尿素を飲んでいただき、ピロリ菌によって発生する目印のついた炭酸ガスを 吐く息の中から検出する尿素呼気試験や血液の中のピロリ菌に対する抗体を調べる方法があります。それぞれに特徴があり、どの検査を使うかは消化器科の医師とよくご相談ください。
なお、昔内視鏡の消毒法が確立されていなかった頃は内視鏡の検査でピロリ菌が感染し、潰瘍ができてしまうことがありましたが、当院では消化器内視鏡学会の推奨している洗浄・消毒を一人一人の検査が終了した時点で時間をかけて行い、感染を起こさないよう十分な本数の内視鏡を揃え、安心して内視鏡検査を受けていただける体制を確立しております。
痛み止めなどの薬がピロリ菌に関係しない胃潰瘍・十二指腸潰瘍もありますので検査治療の際には必ず消化器科の医師にご相談ください。ピロリ菌を退治したら潰瘍のお薬はほとんどの方で不要となります。ピロリ菌の退治がうまくいかなかった方も悲観せず、他の薬の組み合わせもありますので消化器科の医師にご相談ください。
ピロリ菌を退治して胃潰瘍・十二指腸潰瘍とさようならしましょう!
2003.7 らいふNo18
消化器科 太田 英敏