日本は女性85.49歳、男性78.53歳と世界に類を見ない超高齢化社会を迎えています。そんな状況の中、皆さんは「8020運動」という言葉をお聞きになったことがありますか? これは80歳になっても20本の歯を残そうとする厚生労働省と日本歯科医師会が音頭をとって1989年から行っている活動です。「8020を達成している高齢者」は概して健康で、自立した生活を送っている、認知症の割合が少ないなどの報告がされています。 即ち「いかにこの長寿社会を健康に生きていくか?」というQOL(生活の質)が問われています。しかし残念ながら現在80歳の方の平均はまだ8.2本で「8008」です。
2007.1 らいふNo35
歯科 岡田 文夫
即ち、歯を失う原因は「むし歯」と「歯周病」で八割ぐらいを占めています。歯科の二大疾患といわれています。 一度失われた歯牙硬組織や歯周組織は健全だった状態へは決して戻ることはできません。歯科疾患には残念ながら完全治癒ということはありえません。それ故に予防が非常に重要視されています。特に歯周病は自覚症状がないままにどんどん進んでしまい、いわゆる「サイレント・ディジーズ(静かなる病気)」と呼ばれている慢性の細菌感染症なのです。
食事をしたあと、歯の表面をつめでこすると、白いものがとれてきますね。これはプラーク(歯垢)というものですが、単なる食べかすではなく、純度90%以上(つめの先にとれるプラーク(1mg)の中に2~3億匹ほどの細菌がひしめいています)の生きた細菌の塊なのです。そこにむし歯や歯周病の原因菌も一緒に住み込み、酸産生菌が作る酸で穴が開いたのが「むし歯」で、歯周組織がとけていくのが「歯周病」です。
ご自身でできる唯一の予防法は、機械的にプラークをこすりとる「ブラッシング」です。しかし、ここにも問題があります。今の時代は歯ブラシをしない人はほとんどいないと思われますが、残念ながら「磨いている」だけになっている事のほうが多いというのが実感です。左上図は治療前に磨いてきてもらった患者さまのお口の中です。左下図のように磨き残しを赤い歯垢染め出し液で染め出すと、全体的に真っ赤になってしまいます。「お口の磨け度テスト」で70点以上を維持するのはなかなか難しいのが現状のようです。「磨いていると磨けているの違い」で、罹患率も変わります。この歯垢の量をコントロールしようということで、プラークコントロールという言葉ができました。(最近ではバイオフィルムコントロールという概念に発展しています)
図A 図B
歯磨き粉をつけて口をあわだらけにしながらごしごし磨く「歯磨き」ではなく、歯ブラシの毛先を一歯ずつ丁寧にあてたブラッシング方法と歯間清掃用具を効果的に使い、ご自身のお口の状況にあった適切なプラークコントロールを実践していきましょう。 (ご自身の適切なブラッシングを可能にするためには歯科衛生士による口腔衛生指導が保険でも認められています。)
さらに もう一つ重要なことをお話します。
私たちは、毎日歯を使って食べ物を噛んでいます。この噛む事が歯を守っていくためには、大変効果的である事を御存じでしょうか?
食生活に起因しているのですが、現在私たちは食べ物を飲み込むまでの「噛む」回数がかなり減ってきています。ファーストフードなどにみられるようによく噛まなくても食事ができるようになってきています。
「噛む」ことは歯を守るだけではなく、健康にも良い事がいっぱいあります。よく噛むことで分泌される唾液で歯が自然ときれいになる自浄作用や、食べ物の中の酸を中和してむし歯や歯周病を予防する事ができます。噛めば噛むほど唾液の分泌をしている器官の働きが盛んになり、唾液ホルモンが膵臓に働きかけてホルモンの分泌を活発にする事もあり、糖尿病など生活習慣病の予防にもなるのです。唾液は、口臭予防のため又は、口腔内の乾燥も防ぎます。もし口腔内が乾燥してしまったら粘膜は貼り付いて動かなくなり、赤く腫れ上がって何も食べられなくなってしまいます。
これからの歯科医療は予防を重要視した医院が主体になってくるものと予測されます。もう「削って」「詰めて」「抜いて」の時代は卒業しなければなりません。更にパンク状態の政府の保険診療制度も抑制化に加速度を増してきています。「早期発見」「早期治療」そして「予防」の三本柱が、疾病の軽症化のみならず、危機を迎えた「国民皆保険制度」を温存するための必要条件ではないでしょうか?