2017.1 らいふNo72
産婦人科 山口 正博
病気の予防というと一般的には「病気にならない事」を想像されるかと思いますが、予防医学の領域では一次予防、二次予防、三次予防の3つに大別されます。一次予防は一般的なイメージの「予防」にあたり、病気の発生自体を抑えることです。二次予防は早期発見・早期治療、三次予防は治療後の後遺症予防やリハビリなどにあたります。もちろん三次予防よりも二次予防、二次予防よりも一次予防のほうがより重要なことは言うまでもありません。
糖尿病や高血圧の予防に健康な食生活や運動、ポリオや風疹などの小児期の予防接種などで皆さんも無意識のうちに一次予防を実践されているかと思いますが、がんが予防できる疾患であることはあまりイメージにないのではないでしょうか?もちろんがんの予防として禁煙や健康な食生活、がん検診はとても大切ですが、それだけでなく、実はある種のがんは微生物の感染が原因で発生することが分かっており一次予防が可能です。代表的なものは胃癌でヘリコバクター・ピロリ菌の感染が原因です。また、子宮頸癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因です。
HPVにはたくさんの型があり、その一部が子宮頸癌の原因となるハイリスク型です。特に重要なものは16型・18型の2種類で、子宮頸癌のおよそ70%から検出されます。HPVは性交渉により感染しますが、きわめてありふれたウイルスであり女性の80%が50歳までに感染するといわれています。ただHPVの感染がすべて子宮頸癌に進展する事はなく、ほとんどは自然に排出され、持続感染から癌化に至るのはごく一部です。癌化にはおよそ7-10年以上かかるようです。日本では年間約10000人が子宮頸癌を発症し、約3000人が亡くなっています。最も発症率が高いのは30代~40代であり、若い女性が患うがんの中で最多です。
HPVを発見したドイツ人学者が2008年にノーベル医学生理学賞を授賞しました。これはHPVワクチンが開発され子宮頸癌が予防できるようになった事が大きな理由であると思われます。日本では2種類のワクチンが使用でき、いずれも16型・18型の2種類を予防できます。一度でも性交渉があると感染の可能性があるので、重要なことは初交前にワクチン接種を行うことで、中学生頃の接種が推奨されています。初交後でもHPVに感染していなければ接種できます。世界保健機構(WHO)が国家プログラムによるHPVワクチン接種を強く推奨しており、世界129カ国でHPVワクチンが認可され、2億3千万回以上の接種が行われているようです。仮に世界中の全員(男性も含め)がHPVワクチンを接種した場合、子宮頸癌は撲滅する可能性すらあります。
子宮頸癌は、ごく初期の上皮内癌(=CIN3:癌の一歩手前)でもがん検診によりかなりの確率で発見でき、上皮内癌であればほぼ100%の確率で治癒が可能です。原則1~2年に1度の受診が勧められています。診察自体は、内診の器械を使って子宮頸部の細胞をこする(細胞診)だけで1分もかからずに終わります。仮に軽度の異常が出た場合、当院ではHPVの検査も積極的に行っており、精密検査や治療の必要性を判断します。この検査も細胞診と同じ手技ですぐに終わります。最近は欧米では細胞診よりもHPV検査を重視する傾向にあり、HPVハイリスク型が陰性であれば検診の頻度を大幅に減らすことが可能になるだろうと思われます。
欧米での70?80%台というがん検診受診率に比べて、日本では30%程度と低い事が問題です。受診率の低い理由は①婦人科を受診しにくい②仕事・学業・家事などで忙しい③自分は大丈夫だろうという楽天的な考え④がん検診の存在や必要性を知らないなどいろいろ考えられますが、おそらく欧米との一番の違いは④の無知にあると私は考えます。
HPVワクチンについても危機的状況であり、2013年4月からHPVワクチンの定期接種が開始されましたが、慢性疼痛などの副反応を訴える少女達の報道が相次いでなされ、わずか2か月あまりで積極的な勧奨が中止されました。その結果ワクチン接種者は激減し、札幌市では70%ほどあった接種率が0.6%まで低下したとの事です。その後の調査でも慢性疼痛・運動障害等の副反応とワクチンの因果関係を示す科学的根拠は見出されず、日本産科婦人科学会からは積極的な接種勧奨を再開するよう声明が出されたり、WHOからも日本の状況を危惧する声明が出されたりしている状況です。
ワクチンの副反応を訴える方々の報道は多くなされる一方、子宮頸癌で若くして亡くなった方や妊娠を諦めざるを得なくなった方の報道はされません。科学的根拠で救われるこれらの患者さんを、非科学的な根拠で見捨てて本当によいのでしょうか?現状ではワクチン接種・がん検診はすべて自己判断となっています。一度でよいですので、自分自身、ご家族や周囲の方とも子宮頸癌の予防について考える機会を持っていただき、受診していただければと強く願います。